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『デンジャラス・ビューティー』

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▲『デンジャラス・ビューティー』(2000年)
監督: ドナルド・ペトリ
出演: サンドラ・ブロック、マイケル・ケイン、ベンジャミン・ブラット出演


(我ながらどうかと思うが、マイケル・ケインがゲイの役をやっていると聞いて鑑賞。出演作が多いというせいもあると思うけれど、若い頃も年取ってからも、よくその手の役をやっているよね、この人)

愛らしい映画。実はこの記事、2012年の正月に鑑賞した時の感想を手直しして載せているのだが、第一項を書きながら、これが一作目になるとはなんと幸先のいい一年だろうかと思った記憶がある。割と裏切られたが。

ミスコンの出場者たちが、ヒロイン含めみんな美しくていい子だというのが大きいと思う。あの子達を見ているだけで、何とも言えない幸福感。最初はいがみ合う様子も見せるけど、最終的にはグレイシー(サンドラ・ブロック)に協力してくれる。女同士の友情の可愛らしさをを存分に楽しめる作品。

個人的には、男勝りで細かいところにこだわらないグレイシーと、女の子らしいシェリルの二人の友情に満足を覚える。そこには、もちろんヒロインのグレイシー・ハートの好感度が貢献している。あの子の魅力と、「もしFBIがミスコンに出たら」というアイディア頼みの映画であって、他には何のメッセージを訴えてくるわけでもない。もちろんそれでよかった。

嫌いな言葉を使うなら「サバサバした」グレイシーも、自己主張の強いミスコン出場者たちも、描写が行き過ぎると観る側をうんざりさせる危険性を孕んでいる。だが『デンジャラス・ビューティー』は彼らの個性をしつこくアピールすることなくうまく抑えている。わざとらしさのない、一歩引いたキャラクター描写。



お目当てのヴィクター・メリング(マイケル)は大変艶やかだった……。いやはや眼福眼福。『探偵スルース』や『王になろうとした男』時代の金髪碧眼の青年姿も良いけれど、私はやっぱり老け姿のマイケル一押しです。当時もう70歳近いはずなんだけれど、何なんでしょうね、この美しさは。「いつまでも若々しくてかっこいい」俳優ならたくさんいるけれど、彼の場合は「どこからどう見てもおじいさんで、しかもかっこいい」のがなんとも頼もしいではないですか。世の男性は薄毛や肥満を言い訳にはできないのです。

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キャラクターとしても「ダサかったヒロインをきれいにする」以上の役割を果たすわけではないけれど、この映画の良いアクセントになっていた。好き。エリック(ベンジャミン・ブラット)を同僚たちに「私の"相棒"よ」なんて紹介してウィンクするあたり、私がエリックならちょっとどうなったかわからない。

と、マイケルだらけの感想になってしまったが、男社会で仕事一筋に生きてきたヒロインとミスコン出場者たち、どちらのことも決して否定的に捉えないまま対立させ、最後には結びつけるという描き方には好感を覚えるし、カタルシスすら感じる。

対立する二者のどちらか一方をわざと醜悪に描いて、「不愉快を楽しむ」手法に走る作り手には見習っていただきたいと切に願う。
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『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』

このブログのメインになるであろう、映画関連の記事。毎週月曜日にアップできたらいいな。
記念すべき第一弾には、これを。

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▲『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(1996年)
監督: 本郷みつる
声の出演: 矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、渕崎ゆり子、田中秀幸、大塚芳忠


今年の8月末に鑑賞。

最後に見たのはもう15年も前なのに、記憶に焼きついているシーンがいくつもあった。これって、実はすごいことだ。今も昔も5分以上同じことを記憶していられない質の私が、筋は忘れてしまっていたとしても、薄暗がりの中で振り返るス・ノーマン・パーや、全裸でカクカクと迫り来るひろし・みさえ人形のことは覚えていられたのだ。


ヘンダーランドという、TVシリーズの舞台、春日部とはかけ離れたファンタジックワールドに詰め込まれたイマジネーションに感服する。その割に立地が群馬だというのに笑ってしまう。

正直、最後に強引にオカマ魔女との追いかけっこに持ち込んで終わらせるという筋書きといい、ヒロインがマペットであるがゆえにトランプの力を使いこなすことができないという割には同じく人形が化けた姿であるらしい悪役、チョキリーヌらはそのハンデを負っていないという設定といい、何もかもがめっちゃくちゃな作品なのだが、そんなことを気にさせないほど面白い。そして恐い。

腹に一物抱えたス・ノーマン・パーに大人たちがあっさりと懐柔されていくさまも然ることながら、ヘンダーランドに操られている野原夫妻(を象った人形)がしんちゃんに襲いかかる、あの表情と動きがたまらなく恐ろしい。

この辺は子供が何を嫌がるかを熟知しているがゆえの妙だと思う。チャッキーが襲ってくれば怖い、チャッキーの死に様がグロくて怖いなどという単純なものじゃないのだ(それも十分に怖かったけど……)。
平生頼もしい両親といえど、時にはス・ノーマン・パーに騙されもすれば、ヘンダーランドに誘拐されもするのだという事実に、子供だった私は震え上がったのである。

ところで、私がしんちゃんと同い年だった頃には気がつかなかったのが、ヒロインであるトッペマ・マペットの魅力である。しんちゃんが例のあの顔でデレデレ脂下がる「おねいさん」タイプではないものの、ここ数年で私が観たどの映画のヒロインよりも魅力的かもしれない。

彼女は明るくて、頑張り屋で、ピンチがやってくれば体操選手のように全身を躍動させて戦う。でも「何の役にも立たない、だって私はただのマペット」(という劇中歌がある。ロシア風の物悲しい、美しい旋律)。
前述のとおり、トッペマはその魂が人形に閉じ込められているがゆえに、トランプに秘められた魔法の力を使いこなすことができず、肝心の悪役たちとの戦いでもおされがちなのだ。どんなに快活でも。どんなに頼もしく見えても。

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この作品、突飛なストーリー展開を持たせようと急ぐあまり、悪役にしろ王子や姫(=トッペマ)にしろ登場人物の描写がおざなりになってしまったという印象も否めないけれど、もし彼女に『クレヨンしんちゃん/嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』の廉姫並の時間が割かれていたら、もはや主人公はしんちゃんでも野原一家でもなくこの子になっていたかもしれない。

忘れてはいけないのがオカマ魔女のマカオとジョマ(名前からあの声質までちゃんと覚えてたよ。すごい)で、大塚芳忠と田中秀幸が声を当てているんだけど、まあ気持ち悪いこと気持ち悪いこと。素晴らしい。
大塚の「キィーーーーーーーッ」なんて、この映画以外では一生聞く機会があるまい。

冒頭の登場シーン、二人が動き・セリフをシンクロさせつつイケメンの王子様を批評するさまには、お子様立ち入り禁止の雰囲気すら漂う。

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『消えちゃえ』

ってね。

(ところであの二人はゲイのカップルということでいいんだよね……?子ども向けの映画にこの手のキャラクターが出てくると、どうも「お行儀の悪さ」を演出しているかのような息苦しさを感じてしまうのだが、クレヨンしんちゃんシリーズにはそう言うわざとらしさが感じられない。よくよく風変わりなアニメである)
     
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千賀川

Author:千賀川
大学生。塾講師バイト。雨上がり決死隊/映画/小説、漫画/ミュージカル/TV。twitterやってます@chikagawa_h

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